2009年04月03日

家の中の多様性

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よく家の中を見渡せば、色々な国の種々雑多なものが溢れている。14年前の震災後、物を増やさないと固く決心したはずなのに、、、。20代の頃、トランクひとつに夢を詰め込んでいたのとは大違い。あの頃は毎日、物が増える恐怖と物のない不便を天秤にかけて、気に入った本やレコードを買うべきか諦めるべきか悩んでいた。一方で感じた身軽さ。何も持たない事の自由。それこそが私の失った一番大きな物だろう。もっと物のない時代を潜り抜け格別アメリカに対する憧れが強かった母よりも、不思議な事に私の方が物に対する執着は強いのである。子供の頃から使っているセルロイドの下敷きなどをまだ手放さないのだから、自分でも呆れてしまう。紙や紐や箱やブリキ。今でも素材に対する感度は変わらない。
物に関しては国粋主義者の様な私だが、台所にある外国製品をチェックすると、偶然いわゆる悪の枢軸国の仲間(笑)だったイタリヤやドイツの製品が多いのに気が付く。意外にアメリカ製の物は少なくて、昔心斎橋筋にあった「シアーズ」で買ったミキサーやバケツ位しかないのだ。アメリカ製の物は、大味でもう一つピリッとしないと思っていたが、京町堀にあった「リ・アドレス」という雑貨屋さんで久しぶりに沢山のアメリカ製の文房具や什器を見て、その骨太の素気なさに感激した。こういうのを探していたんですと。その大好きなお店が急に閉店するというので、あわてて買った面白い形の証明器具。
グレーのスチールと白の電球だけ。私の仕事机の周りは無印良品が多く、白とグレーが基調色であるのでぴったり。ブッシュのアメリカは過去のものだし、これからはアメリカの物にも眼を向けよう。
posted by TERADA Mariko at 12:35| 日記